人気ブログランキング |

寒河江やきとり

d0080549_8342210.jpg昨日「飲まない飲み会」というイベントがありました。何だそれって感じですが、主旨としては「車社会の山形では、お酒に合う遠方のグルメを味わうことが意外と難しい。それならば飲まない事を前提とし(お店の了承を得て)、食事でもなく、飲み会を開催して味わってみようじゃないか」とのこと。
その栄えある第一回目として「寒河江やきとりを味わおう」と、寒河江市以外の方も含め約20人が集まりました。
せっかくなのでこの機会にいつも食べている寒河江市民の方にも、初めて食べる市以外の方にも「寒河江やきとり」の歴史を知って欲しいと、勝手ながら作って持って行ったのがこの「寒河江やきとり通信」です。
FB上にはPDFは載せられないので大きな画像にしたのですが、それでも見にくい方もいらっしゃったようですし、それFB以外からでも読めるようにと思い以下、その内容を掲載します。

やきとりなのに鶏肉じゃない!?
寒河江やきとり通信
まさにやきとり界のガラパゴス。その歴史を知れば美味しさ、さらにアップ!!

鶏は太古から我々にとって身近な存在。古墳の副葬物として鶏を形取った埴輪が出土されていることや「万葉集」に東の枕詞として「鶏が鳴く」があることからも、鶏が当時の人々に親しまれていたことが解る。また、西暦六七五年に牛・馬・犬・猿・鶏の食用禁止令が出されているが、鶏が食用とされていた証だ。
 焼鳥が料理書に現れるのは寛永二○年(一六四三)の「料理物語」。この書には鶏が食材として挙げられている。また、串焼に向く鳥として「雁(かり)・鴨(かも)・雉・鷺(さぎ)・鶉(うずら)・雲雀(ひばり)・水鶏(くいな)」、焼鳥に向く鳥として「山鳥・鸞(ばん)」を挙げている。
 「合類日用料理抄」(一六八九)には焼鳥の調理方法が描かれている。「鳥を串にさし 薄霜ほどに塩をふりかけ焼き申し候 よく焼き申し時分 醤油の中へ酒を少加え 右の焼鳥をつけ 又一変付けて其の醤油の乾かぬ内に 座敷へ出し申し候」。江戸時代の初期には焼鳥の料理法は完成したようだ。
 明治以降、肉食の禁令が解かれ、鳥料理は「番頭さんは牛肉料理で旦那さんは鶏料理」といわれるほどの高級料理であった。供給の関係から昭和中期、ブロイラーが台頭するまで鳥肉は高級食材だったのである。
 焼鳥も明治の半ばに鳥料理の店などから出るガラやスジ肉を使った屋台が橋のたもとや縁日の露店に登場し、庶民の人気を博している。
 また、江戸時代から続いていた神社の参道で売られていた焼鳥店も変わらぬ人気を博していた。禁令を免れることの出来る寺社奉行の管轄地、米作の妨げになる雀を中心に焼鳥にしていた。
 明治期には廃藩置県で禄を失った武士の多くが手軽な「鶏飼い」を始めた。卵と肉のための養鶏が各地で興ったのである。
 大正十二年の関東大震災の後から焼鳥屋は全国に広がった。関東では豚の内臓を使った「焼とん」が人気を集めている。この豚や牛を使った「焼とん」は敗戦後の闇市でも活躍し、大衆的な食べ物として普及した。スタイルが似ているため、「やきとり」と称しているが、素材の点で焼鳥とは別物だと思う。
 前述したように昭和三十年代まで鶏は依然、高級食材であり、焼鳥屋では上等な部位の串や野菜など従来にない種類の串が登場した。特にささ身はあっさりした上品な味により人気メニューとなった。
 焼鳥の大衆化がはじまったのは昭和三五年頃からの食肉用ブロイラーの普及による。鶏の価格が安くなり、身近な食材となったためである。
 この頃から、大衆焼鳥店が多く登場してくる。サラリーマンが会社帰りに立ち寄る場所として駅の近くに焼鳥屋が目立つようになる。
(土井中照「やきとり天国」より引用〜)
寒河江やきとりの祖と言われるさらやさんが創業したのは昭和30年。今年で58年目を迎える。開店当初は前述の土井氏記述にある通り、牛のモツ(ハツやレバー)を串に刺して出していた。その後だいたい10年ぐらい経った頃に豚のモツを出すようになる。
 その後前述にもあるように全国的に見ると鶏肉を焼く、文字通り「焼鳥屋」が増えてくるのだが、寒河江ではガラパゴス的に、そのまま豚のモツを焼いたものが「やきとり」として定着したままとなる。
 また、いまや寒河江やきとりに欠かせない名脇役の「豚足」。茹でて酢味噌で食べたり、焼いたり、甘辛く煮付けたりしている他の地域と一線を画している。これも発祥は皿谷とされ、開店間もない頃、名古屋から帰ってきた長距離ドライバーに「こんなものが名古屋にはあった」と聞き、試行錯誤して現在の塩ゆでとろとろの豚足に至ったのだそう。
鶏肉が最初にあって、寒河江では独自の文化として豚モツの方向に行ったのかと思いましたがそうではなく、最初は牛・豚モツの串が普及し、その後鶏肉に変わっていったが寒河江では変わらなかったというのが、この「寒河江やきとり」になったようです。しかしこのお値段とこのボリューム。串4〜5本とビールでセンベロ(約千円でベロベロ)なグルメとして、まだまだ人気を呼びそうです!
by pattu | 2012-03-23 08:42 | ラブ寒河江・ラブ山形


<< 大連荘【炭火焼やきとり けやき】 飲まない飲み会【炭火焼きやきと... >>